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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)159号 判決

アメリカ合衆国

10022 ニューヨーク ニューヨーク マディソン アヴェニュー 550

原告

アメリカン テレフォン アンドテレグラフ カムパニー

代表者

ブルース エス シュナイダー

訴訟代理人弁理士

岡部正夫

臼井伸一

藤野育男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

長瀬誠

菅谷光雄

市川信郷

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が昭和57年審判第3201号事件について、平成2年2月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

ウエスターン エレクトリック カムパニー インコーポレーテッドは、1978年7月31日に米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和54年7月31日、名称を「プラズマエッチングによる物品の製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(昭和54年特許願第96880号)が、昭和56年10月26日に拒絶査定を受けたので、昭和57年2月26日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は同請求を、同年審判第3201号事件として審理したうえ、平成2年2月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月28日、同社に送達された。

原告は、1989年12月31日、同社(当時の名称「エーティーアンドティー テクノロジーズ インコーポレーテッド」)を吸収合併し、平成2年10月25日、この旨を特許庁長官に届け出た。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)

「少なくとも1つの操作を含む製造方法であって、

その操作中に製造される物品は少なくともその一部分がエッチングすべき材料である表面を有し、装置の2つの電極間のガス状反応体に電界をかけてプラズマを発生し、該物品を装置内に含まれたプラズマ雰囲気中でエッチングし、前記エッチングすべき材料はシリコン含有組成物からなり、又エッチングはこのエッチングすべき材料との主として化学反応によって行われるプラズマエッチングによる物品の製造法において、

シリコン含有組成物(元素Si、金属間化合物の1部としてドープされた元素Si)を剥離し、またその一方でシリコン化合物(例えばSiO2、 SiNx)を残すような製造中、シリコン含有表面のエッチングの制御、ならびにエッチングされる部分の壁または領域の垂直プロフィルに関するエッチングの方向の制御を改善するため、

前記ガス状反応体がプラズマ内で化学反応を生ずるハロゲンと少なくとも1つのハロゲン化物との混合物と等価な物を含むように予め選択されており、前記ハロゲン化物はフルオロカーボンであり、前記ガス状反応体はCF3Clに含まれている

〈省略〉の比

よりも大きい

〈省略〉の比

を有し、前記当量フルオロカーボンとはフッ素と化学結合された単一カーボンとして定義されることを特徴とするプラズマエッチングによる物品の製造法。」

3  審決の理由

審決は、昭和56年4月21日付け拒絶理由通知書で指摘した点、すなわち、この出願は、実施例にエッチングガス混合物の組成は記載されているが、クレームの構成に相当する技術が当業者の容易に実施できる程度に記載されていない点については、昭和62年1月8日付けの補正によっても依然解消しておらず、特許法36条3項(昭和62年法律第27号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしていないから、特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

本願発明については、以下に述べるように、本願明細書(昭和62年1月8日付け補正による明細書と同内容の同年3月19日付け手続補正書添付の訂正明細書、甲第4号証)にクレームの構成に相当する技術が当業者の容易に実施できる程度に記載されている。しかるに、審決は、これが記載されていないとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本願発明は、トランジスタや集積回路(IC)などの材料として最も広く用いられているシリコン材料の加工方法に関するもので、特に半導体工業における大規模集積回路(LSI)の製造のためのシリコン基板の微細加工などにおいて極めて有用である。

すなわち、シリコン基板を加工するに際しては、ポリシリコン層のうちのホトレジストで覆われていない部分を、ポリシリコンを溶解する薬品等を用いたエッチングによって除去する方法が採られている。この場合、ホトレジストのパターンに忠実にポリシリコン層が残留すべきこと(ポリシリコンの溶解が主として層に垂直な方向に進行するという異方性が大きいこと)、及びエッチングの進行によりゲート酸化膜(酸化シリコン)が露出するに至った時点でエッチングのそれ以上の進行が停止すること(酸化シリコンは溶解せずポリシリコンが溶解するという選択性が大きいこと)が重要である。この異方性が大きいことと選択性が大きいことは二律背反的であって、従来は選択性をより重視していたが、ICの記憶容量の増大とともに加工寸法が小さくなり、1ミクロンに近づくにしたがってアンダーカットの量が無視できなくなってきたため、異方性の重要度が増してきた。

エッチングのうち、液体薬品を用いないドライエッチングでは、加速されたイオンなどが加工材料表面に垂直に入射するようにすれば深さ方向が横方向よりも速くエッチングされ、その結果アンダーカットの量を小さくすることができるので、前記傾向に合致した方法であるといえるが、反面、このようにすると物理的なスパッタ現象が伴うために選択性は小さくなるという弱点がある。このため、原告は、ドライエッチングプロセスをより精度高く制御することを目指したところ、エッチング剤中のハロゲンがエッチャントとして、フルオロカーボンが再結合子として働いており、その比率を変えることによりエッチング速度、選択性及び異方性を制御でき、選択性に余り影響を与えずに異方性を向上しうることを見出した。

具体的には、ドライエッチング(プラズマエッチング)において、シリコン加工用のエッチング剤として従来から用いられてきたものの一つにCF3Clがあるが、この物質は、プラズマ中ではCF3とClに解離してイオン又はラジカルに分れると考えられる。ただし、それらの一部は再結合して(CF3)2やCl2を生成する可能性があり、CF3とCl2では再結合率が異なる場合があるので、生成するCF3(フルオロカーボン)及びCl(ハロゲン)化学種のモル数は必ずしも等しくはならない。しかしながら、いずれにしてもエッチング剤としてCF3Clを単独で用いている限りにおいては、プラズマ内におけるガス状反応体のCF3及びCl化学種の生成比率を、他の条件とは独立した制御因子として自由に変えることは困難である。本願発明の本質は、上記生成比率を他の条件とは独立して制御するものであり、具体的には、本願発明の要旨に規定する当量フルオロカーボンの数/原子ハロゲンの数の比がCF3Clの前記比より大きいこと(以下「要件A」という。)に示されるとおり、フルオロカーボンの割合を高める方向へ制御するものである。

2  以上の本願発明の本質は、以下のとおり、本願明細書(甲第4号証)の発明の詳細な説明に十分に記載されている。

〈1〉  「組成物及びエッチング条件により従来の等方性エッチングと比較してエッチング形状が改良されるものである。最適の組成物及び条件では理想的な異方性作用が行われアンダーカットを防止し、それによりパターン間隔を極めて狭くすなわち2ミクロンメートル又はそれ以下とすることができるのである。」(同号証訂正明細書12頁16行~13頁2行)

〈2〉  「前駆組成物の種類はエッチングプロフィルの主要な決定要素である。」(同18頁18~19行)

〈3〉  「理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面はClとこれに当量CF3を加えた総和に対して10体積パーセント相当の当量Clを含む組成物を用いることにより形成できる。」(同19頁6~9行)

ここで、「当量CF3」というのは一つの述語であり、プラズマ内で前駆体(CF3Cl、C2F6Cl2など)から誘導されるフルオロカーボン種(CF3、CF2、CFなど)を包括的に示称する概念である(同15頁15行~17頁11行参照).すなわち、誘導ハロゲン種である「Cl」と誘導フルオロカーボン種である「当量CF3」とのプラズマ中における組成比が、「Cl」が両者の合計に対して10体積パーセントとなるような割合であるということである。

〈4〉  「プロフィル制御(特に理想的な異方性の垂直な壁面を《原文の「の」は「を」の誤記であると認める。》形成すること)は適切な組成物を使用することによって可能となる。異方性エッチングの一般的な要件としては1978年6月31日に米国出願された米国特許出願番号第929.549号に記載されている。簡単に述べると、プロフィル制御はエッチング表面の化学的性質に依存し、その要件は炭化水素を基礎とした重合性物質例えば適切な有機レジストの存在や表面再結合とエッチング間の所望のバランスを生ずるような電力と圧力レベルを用いることによって達成される。プロフィル制御では一方の種が主要な効果的エッチャントとして働き他方の種は再結合子として働くような2つの化学的に異なる種の混合物を使用によって達成できる。上述のフルオロカーボンはレジストの端縁の直ぐ近くでエッチャントスペーシーズと再結合してエッチング力を弱め(これによってアンダーカットを減らす)こととなる。

プロフィル制御を達成するのに役立つ好ましい種は一般にCF3Clに(原文の「る」は「に」の誤記であると認める。)含まれているフルオロカーボンの比率より大きな比率でフルオロカーボンが含まれていることを必要とする。」(同22頁8~23頁9行)

3  以上の本願明細書の記載から、当業者は、エッチングガスとしてCF3Clを単独で用いた場合よりも、CF3(再結合子)のCl(エッチャント)に対する生成比率が大きくなるように混合ガスを調整すれば、一般に異方性を高めアンダーカットを少なくする方向にエッチングプロフィルを制御できることが容易に理解できる。

すなわち、上記〈1〉の記載から、エッチング用組成物の組成を調整することにより異方性の制御が可能であることを理解し、同〈2〉の記載から、上記組成の調整のためには具体的には前駆組成物の種類を調整すればよいことを理解し、同〈3〉の記載から、実際に組成を調整することにより確かに異方性が制御できることを理解する。そして、従来のように、CF3Clを単独で用いることは、CF3とClとを加えた総和に対して計算上50体積パーセント相当の当量Clを含む組成物を用いることと等価であるから(本願明細書15頁16行~17頁11行)、異方性を高めるためには上記理想的な異方性が実現できた組成が含まれる方向、すなわち従来よりCF3の割合を大きくする方向に調整すべきであることを理解し、同〈4〉の記載から、組成を調整することによる異方性の制御が具体的にどのような機構で実現されるのかが理解できるのである。

ところで、要件Aに示される上記組成比率とプロフィル制御との関係は、エッチング対象、下地材料、エッチング深さ、プラズマ生起電力、器内圧力、電極配置などのエッチング条件と複雑に関連し合うために、フルオロカーボンの割合を高める方向へ組成比を調整することのみで異方性を高めるという効果を得られるものとは限らない。その意味で、本願発明は、上記調整によりプロフィルの垂直性が高まるとともにエッチング速度や選択性も一定の方向に変化するという、いわば「調整のための指針」を示すものなのである。

本願発明は、この技術思想自体を新規なものとして提供したものであって、それがフルオロカーボン種の割合を高める方向への調整という形で具現化されているのである。したがって、そのこととプロフィル制御との関係については、もともと明確な臨界的意義はないといってよく、組成比率を変化させると、エッチング速度、プロフィル、選択性などの結果がどう変わるかという傾向を説明し、あるいは、実施例の形で示せば十分なのである。被告主張のように、要件Aとプロフィル制御の相関関係を具体的データの形で示す必要はない。

4  被告は、諸条件をすべて特定しなければ、当業者といえども本願発明の技術的意義が理解できないと指摘するが、プラズマエッチング法によるシリコン含有組成物のエッチング自体は本願発明以前から行われてきたのであるから、本願発明の前記指針に従って、他のエッチング条件と併せて前駆組成物の組成を調整することにより、目的に応じたエッチング過程を総合的に制御することは、当業者であれば容易になしうることなのである。

また、本願発明においては、プロフィル制御が重要な効果であることはいうまでもないが、実際のエッチングプロセスにおいては単独でプロフィルだけが制御されるわけではなく、エッチング速度や選択性などの他の側面をも考慮して総合的に各種条件が制御されるものである。したがって、本願発明の技術的意義は、プロフィル制御、速度制御、選択性制御などの個々の側面の改善にあるのではなく、プラズマエッチングによるシリコン含有組成物の微細加工のための有用な制御手段を提供した点にあると解すべきであり、その有用性を具体的に示す例として上記個々の側面があると解すべきである。このことは、本願特許請求の範囲に、「シリコン含有表面のエッチングの制御、ならびにエッチングされる部分の壁または領域の垂直プロフィルに関するエッチングの方向の制御を改善するため」と記載されていることからも首肯されるところである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は相当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  審決が記載不備であるというのは、要件Aの規定するガス状反応体の当量フルオロカーボンの数/原子ハロゲンの数の比がCF3Clの前記比より大きいことと、エッチングされる部分の壁又は領域の垂直方向の制御(シャープさ)との相関関係、すなわち、要件Aの大きさに対応した垂直方向の制御の達成度合について、発明の詳細な説明、特に実施例に記載されていないため、当業者が、要件Aと本願発明の目標達成の相関について認識できず、したがって、要件Aの技術的意義が不明であるということである。

2  原告が指摘する本願明細書中の〈1〉ないし〈4〉の記載は、いずれも発明の目的や効果をただ概念的に示すにとどまり、これらの記載によって要件Aと壁の垂直性との相関関係を把握することは不可能である。

まず、〈1〉の記載は、最適の組成物及びエッチング条件では、理想的な異方性作用が行われ、アンダーカットを防止する旨の概念的教示があるにすぎず、異方性作用を現出せしめるための最適の組成物及びエッチング条件等の具体的な技術内容を示していない。

〈2〉の記載は、前駆組成物の種類はエッチングプロフィルの主要な決定要素である旨を示すにとどまり、具体的な前駆組成物とエッチングプロフィルとの相関関係を開示していないし、調整の内容についても不明である。

〈3〉の記載は、ClとこれにCF3を加えた総和に対して10体積パーセント相当の当量Clを含む組成物を用いると、理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面を形成できる旨を示すにすぎず、要件Aとエッチングされる部分の壁又は領域の垂直方向の制御との相関関係を示しているものではない。また、ClとこれにCF3を加えた総和とは、CF3ClにおいてはClとCF3のそれぞれが50体積パーセント相当であるから、10体積パーセント相当の当量Clが加わると、CF3よりもClが多い組成物となり、原告の主張と相反する。

〈4〉の記載は、プロフィル制御の要件は、炭化水素を基礎とした重合性物質の存在や表面再結合とエッチング間の所望のバランスを生ずるような電力と圧力レベルを用いること、また、プロフィル制御を達成するのに好ましい種は一般にCF3Clに含まれているフルオロカーボンの比率より大きな比率でフルオロカーボンが含まれていることを必要とする旨等の概念的記載があるのみで、具体的にプロフィル制御とCF3Clに含まれているフルオロカーボンの比率より大きな比率でフルオロカーボンが含まれている種との相関関係について説明しているものではない。

3  プロフィル制御のためには、原告主張のとおり、エッチング対象・下地材料・エッチング深さ、プラズマ生起電力、器内圧力、電極配置などのエッチング条件と複雑に関連し合うために、これら諸条件を総合的に制御する必要があるのであり、そうである以上、これをどのように行うかが具体的に明らかにされなければ当業者といえどもその内容は分からない。

すなわち、諸条件とエッチング用組成物との関係及びその成果について、具体的に記載されているべきものであり、少なくとも、それらの全てが明確にされた具体例が示されており、かつ、それらの関係が明らかにされていなければならないのであるが、本願明細書には、それらを明確にしたものは示されていない。従来、通常のプラズマエッチング法が実施されてきたとしてもこれを補うものではなく、総合的な制御について明らかでない限り、当業者といえども本願発明の技術的意義が理解できない。

プロフィル制御と要件Aとは、ともに本願発明の必須構成要件であると認められるが、これを抜きにして、シリコン含有組成物のエッチングにおいてハロゲンがエッチャントとして働きフルオロカーボンが再結合子として働くことが本願発明の本質であると主張することは妥当ではない。このことが本願明細書に記載されていても、プロフィル制御と要件Aとの相関関係を裏付けるという点について記載されたことにはならない。

プロフィル制御が本願発明の効果の一つの側面であるとの主張によって、その効果が本願発明の効果に含まれないものになるものではない。

特公昭59-22374号公報(乙第1号証)には、本願発明と全く同一の条件でエッチングを行った実施例が示されており、その実施例6及び7のものにおいては、本願発明の要件Aを具備するにもかかわらず、プロフィルは、アンダーカット、等方性を呈するものであり、本願発明の目的を達成していない。また、同公報記載の発明の実施例2~7は、本願発明の実施例3~8に相当するが、本願明細書には、同公報には記載されているプロフィル制御や選択性制御等の結果について何ら記載がなく、したがって、本願明細書の記載は、同公報の記載と比較してもその有用性を具体的に裏付ける記載がないことが明らかである。

第5  証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立については、当事者間に争いはない。)。

第6  当裁判所の判断

1  前示本願発明の要旨によれば、本願発明は、「プラズマエッチングによる物品の製造法において」、「シリコン含有表面のエッチングの制御、ならびにエッチングされる部分の壁または領域の垂直プロフィルに関するエッチングの方向の制御を改善するため」、要件Aを規定したことに、その発明の中核があることが明らかである。

2  そして、この要件Aの規定する当量フルオロカーボンの数/原子ハロゲンの数の比がCF3Clの前記比よりも大きいこととプロフィル制御との関係は、エッチング対象、下地材料、エッチング深さ、プラズマ生起電力、器内圧力、電極配置などのエッチング条件と複雑に関連し合うために、フルオロカーボンの割合を高める方向へ組成比を調整することのみで異方性を高めるという効果を得られるものとは限らないことは、原告の認めるところである。

原告は、本願発明は、プラズマ内におけるガス状反応体のCF3及びClの生成比率を他の条件とは独立して制御(具体的にはフルオロカーボンの割合を高める方向へ制御)するものであり、要件Aに示される組成比率の調整によりプロフィルの垂直性が高まるとともにエッチング速度や選択性も一定の方向に変化するという、いわば「調整のための指針」を示すものであるから、組成比率の調整とプロフィル制御との関係については、要件Aの示す範囲の臨界的意義を示す相関関係を具体的データの形で示すことは不可能であるうえ、その必要性もなく、組成比率を変化させるとエッチング速度、プロフィル、選択性などの結果がどう変わるかという傾向を説明あるいは実施例の形で示せば十分なのであり、プラズマエッチング法によるシリコン含有組成物のエッチング自体は本願発明以前から行われてきたのであるから、本願発明の前記指針に従って、他のエッチング条件と併せて前駆組成物の組成を調整することにより、目的に応じたエッチング過程を総合的に制御することは、当業者であれば容易になしうることであると主張する。

しかしながら、プロフィル制御のためには組成比率の調整の外に諸条件を総合的に制御する必要がある以上、少なくとも、組成比率を要件Aの示す範囲に調整した場合とそうでない場合とで、どういう差異が生じたか、すなわち、要件Aの奏する効果を具体的に示さなければ、本願発明の技術的意義が当業者にとって明らかであるということはできない。

3  そこで、原告が、本願発明の本質が十分に説明されているとして引用する本願明細書の〈1〉ないし〈4〉の記載につき検討する。

(1)  まず、〈1〉の記載が、被告主張のとおり、最適の組成物及びエッチング条件では、理想的な異方性作用が行われ、アンダーカットを防止する旨の概念的教示があるにすぎず、異方性作用を現出せしめるための最適の組成物及びエッチング条件等の具体的な技術内容を示していないことは明らかであり、〈2〉の記載は、前駆組成物の種類はエッチングプロフィルの主要な決定要素である旨を示すにとどまり、具体的な前駆組成物とエッチングプロフィルとの相関関係を開示していないし、調整の内容についても不明であるといわざるをえない。

(2)  次に、〈3〉の「理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面はClとこれに当量CF3を加えた総和に対して10体積パーセント相当の当量Clを含む組成物を用いることにより形成できる。」(甲第4号証訂正明細書19頁6~9行)との記載、〈4〉の「プロフィル制御(特に理想的な異方性の垂直な壁面の形成すること)は適切な組成物を使用することによって可能となる。異方性エッチングの一般的要件としては1978年6月31日に米国出願された米国特許出願番号第929,549号に記載されている。簡単に述べると、プロフィル制御はエッチング表面の化学的性質に依存し、その要件は炭化水素を基礎とした重合性物質例えば適切な有機レジストの存在や表面再結合とエッチング間の所望のバランスを生ずるような電力と圧力レベルを用いることによって達成される。プロフィル制御では一方の種が主要な効果的エッチャントとして働き他方の種は再結合子として働くような2つの化学的に異なる種の混合物を使用によって達成できる。上述のフルオロカーボンはレジストの端縁の直ぐ近くでエッチャントスペーシーズと再結合してエッチング力を弱め(これによってアンダーカットを減らす)こととなる。プロフィル制御を達成するのに役立つ好ましい種は一般にCF3Clに含まれているフルオロカーボンの比率より大きな比率でフルオロカーボンが含まれていることを必要とする。」(同22頁8~23頁9行)との記載は、より具体的であり、これらの記載から、フルオロカーボンはレジストの端縁の直ぐ近くでエッチャントスペーシーズと再結合してエッチング力を弱めてアンダーカットを減らすこと、プロフィル制御を達成するのに好ましい種は一般にCF3Clに含まれているフルオロカーボンの比率より大きな比率でフルオロカーボンが含まれていることを必要とすること、及び当量Cl10体積パーセントー当量CF390体積パーセントの場合に、理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面を形成できることは理解できる。

しかし、上記記載は、要件Aの規定する当量フルオロカーボンの数/原子ハロゲンの数の比がCF3Clの前記比よりも大きいことが、エッチング力を弱めてアンダーカットを減らす方向に作用することを示すが、異方性エッチングに資する理由については具体的に説明していないし、当量フルオロカーボンの比率がどの程度大きければ異方性がどの程度達成されるのかについても、示すところがない。

けだし、「エッチングの作用は本質的に等方性、すなわち横方向のエッチング速度が表面に垂直な方向のエッチング速度とほぼ等しくなることである」(同11頁4~7行)ということからすると、「理想的な異方性の垂直な壁面を形成する」ためには、表面に垂直な方向のエッチング速度が横方向のエッチング速度より大であるように制御しなければならないが、「塩素の量を増すとエッチング速度を増す傾向にあり、・・・Clを減少するとエッチング速度が低減する。種々の目的のために、最小限の当量Clの含量は主にエッチング速度の点より約5体積パーセントである。」(同19頁9~19行)との記載、その他本願明細書の記載からは、表面に垂直な方向のエッチング速度を横方向のエッチング速度より大であるように制御することと要件Aとの相関関係について、何も具体的に説明されていないのである。

(3)  本願明細書には、Cl2の量とエッチング速度の相関関係につき、例として、圧力0.35トール、電極間隔30mm、非駆動下部電極温度25℃、ガス流速175sccm、電力400ワット、エッチング対象物:リンでドープされたポリシリコン、ガス組成Cl2-C2F6の条件下における、Cl2の量(体積パーセント)が以下の場合のエッチング速度(オングストローム/分)は、

Cl2の量 エッチング速度

例8 7.5 530

7 10.0 600

6 12.0 760

5 13.8 800

1 15 950

4 19.4 1240

3 25.9 1700

2 90 3440

であることが記載されている(同29~30頁)。

この記載によれば、Clの量が増加すると、エッチング速度が増加することが具体的数値によって確認でき、また、例2を除く上記各例は、要件Aを満たす組成物であること、前示〈3〉の「理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面はClとこれに当量CF3を加えた総和に対して10体積パーセント相当の当量Clを含む組成物を用いることにより形成できる」場合が、上記の例7に該当することが認められるが、要件Aを満たす各組成物が上記条件下で示したこの各エッチング速度が、理想的な異方性的にエッチングされた垂直な壁面の形成に、どのように影響するのかは不明であり、例7以外の各組成物により、上記理想的な壁面が形成されたかどうか、あるいは、この理想的な壁面を形成する方向に改善されたかどうかの実験的結果も示されていない。

原告は、本願発明は、フルオロカーボンの割合を高める方向へ組成比を調整することにより、プロフィルの垂直性が高まるとともにエッチング速度や選択性も一定の方向に変化するという、いわば「調整のための指針」を示すものであるというが、そうであるならば、その指針に従って調整した場合に、本願発明の要旨に掲げられた「シリコン含有表面のエッチングの制御、ならびにエッチングされる部分の壁または領域の垂直プロフィルに関するエッチングの方向の制御を改善する」ことにつき、達成された効果の一例でも挙げることによって、本願発明の技術的意義を明らかにすることができると思われるのに、本願明細書においてはこの点の記載がなく、これでは、要件Aを採用することにより、上記改善ができるものかどうかが当業者にとって明らかであるということはできない。

(4)  以上のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の中核をなす要件Aの技術的意義を明らかにする記載が十分にされておらず、特許法36条3項が要求する記載の程度を満たしていないといわなければならない。

したがって、審決の判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

4 よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担、上告のための附加期間の付与につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、同法158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

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